2025年3月29日に開催された本イベントでは、「子供に“委ねる”学び 〜『教師主導』から『学習者主導』への道すじ」をテーマに、公立小学校教諭の白杉亮先生にご登壇いただきました。白杉先生は、教育心理学・自己調整学習を専門とし、学習者主導の授業を実践されています。「子供に委ねる学び」に関連する理論、1年間を通して学習者主導の授業へと移行していった過程での実践事例や、直面した課題、それを乗り越えるための工夫、そして子供たちの変化についてお話しいただきました。
「学習者主導」に関する理論
白杉先生はまず教師主導から学習者主導への移行について、「年間を通して、初めは教師に主導される場面が多いが、だんだん自分で主導する場面が増えていく」という子供視点でイメージを解説。実際、「責任の移行モデル」や「状況的リーダーシップ(SL)理論」、そして「自己調整学習の発達段階」といった、教師主導の割合が徐々に減っていき、子どもに委ねる割合が増えていく理論モデルはたくさんあることを説明。
そのうえで、学習者「主導」と「主体」の違いを前提として理解することが大切だと述べました。学習者『主体』とは、「誰が学ぶか」ということであり、学習の主体は常に子供にあるといいます。一方、「教師主導」や「学習者主導」といった「~主導」とは、「学習を主に誰が『ガイド』するか」であり、学習者主体と教師主導は両立可能であると整理されました。

学習者「主導」と「主体」の違い(白杉先生のご発表資料より)
特に、伝統的な職人の徒弟関係において、弟子が熟達者から技を学ぶ(真似る→学ぶ)プロセスを理論化した「認知的徒弟制」理論の4ステップ(モデリング、コーチング、スキャフォールディング、フェーディング)を、学習者主導への移行を考える上で参考にしているといいます。移行のプロセスは直線的なものではなく、子供の成熟度や状況に応じて行き来することが重要です。
「学習者主導」への道すじ
具体的な実践として紹介されたのは、まず「誰と学ぶか(一人、友達、先生)」や「表現方法(文章、イラスト、その他)」、「調べるリソース」などを子供自身が選択できるようにすることです。ただし、最初から委ねるのではなく、まずは教師が方法を示したり(モデリング)、体験する機会を確保したりすることが重要だといいます。経験した後に、その方法が自分に合っているか、どんな良さがあったかを振り返る機会を用意し、子供が意図的に選択できるようになることを目指します。
子供が学び方を振り返り、自分のものにしていくための工夫として、子供自身が学ぶ過程をまとめる「学び方図鑑」の作成や、到達目標や評価の基準を明確にする「ルーブリック」の活用事例が紹介されました。ルーブリックは子供と共有し、「今日はどの山をどこまで登るか」を自己決定するための指標とします。

単線型から複線型へ(白杉先生のご発表資料より)
1学期はまず、ゴールを共有し、ルーブリックを用いてどこまでを目指すかを自己選択し、どんな学び方をするかを自己決定、実際にやってみて振り返るという「見通し→実行→振り返り」のサイクルをまずは1時間単位で経験しました。それができるようになると子供たちに委ねる時間を少し増やし、自己調整学習のサイクルを2,3時間かけて回し振り返ります。さらに子供たちに委ねられるようになってくると、単元の大部分を自己調整学習のサイクルで回すことができるといいます。

自己調整学習のサイクル(白杉先生のご発表資料より)
自己調整学習とは、見通しをもち、実行し、振り返り、それを次の見通しにつなげるサイクルを回していくこと。単元の最初に一斉授業で目標や問いを共有し、情報収集やまとめの時間は子供に委ね、最後に全体で共有し話し合うというように、一斉授業と子供に委ねる時間を組み合わせることで自己調整学習サイクルを回していく実践のイメージが共有されました。
「学習者主導」への移行プロセスでの試行錯誤
実践を進める上で直面したさまざまな課題についても、具体的な対応策が示されました。例えば、友達と関係ない話をしてしまう場合には、「何のために友達と学ぶのか」という学びの意図を全体で確認・共有します。その際、失敗を責めるのではなく学びの過程として捉え直す姿勢が大切だといいます。「今ちょっと関係ないお話で盛り上がっているように見えたんだけどどうですか?」と問いかけ、子供自身にどうするか選択させるなどの声かけの工夫が紹介されました。また、表現すること自体が目的化し、学びが深まらない場合には、「何のために表現するのか」を問い直し、学びにとって意味のある表現を目指すよう促します。
集中力が続かない時や、どんどん進んで「できました」で終わってしまう子供への対応も必要です。白杉先生は、子供のコンディションが優れない日には「今日はそれなりにできるやり方を工夫してみよう」と働きかけたり、子供自身が自分の状態に気づき(メタ認知)、学び方を調整する機会を意図的に設ける実践を紹介。「足が宙に浮いている姿勢が一番学びやすい」などさまざまな工夫も生まれました。また、「学びには深さがあること」を伝え、教育目標を分類した「ブルームタキソノミー」に基づく「学びの深さ」のレベルを子供たちと共有。学びの深さの段階をルーブリックに組み込むことで、「次は分析してみよう」「新しいものをつくってみよう」という学びを深める目標が子供たちの中から出てくるようになったといいます。振り返りについても、「なぜできたのか」「なぜできなかったのか」など分析的な視点を取り入れた項目を用意し、「できた」「終わった」で終わらせない工夫も紹介されました。

「ブルームタキソノミー」に基づく「学びの深さ」のレベル(白杉先生のご発表資料より)
実際の移行プロセスでの試行錯誤については動画でご覧ください。
子供に委ねる学びに向けて
質疑応答では、中学英語での実践アイデアや、理科での深い学びの実践例、子供たちが学習科学を学ぶことの大切さなどが話題に上りました。こうした「委ねる学び」の実践に対し、子供たちからは「自由度が高い授業で楽しかった」「将来にも繋がりそうな授業だった」「大人と対等に扱ってくれるのがうれしい」といった好意的な声が聞かれたそうです。
白杉先生は、「集中できていない」など問題点があるように見える状況も、子供に委ねているからこそ見えてくることだといいます。一斉授業の中で同じようにノートを書いていれば一見わかりにくいのですが、子供に委ねる学びを実践してみると、「この子は実はまだここがわかっていないな」などの一人ひとりの状況がより見えやすくなります。白杉先生はそれをネガティブに捉えずに、その子にとってまだ伸びる余地があるということが分かると考えています。表面的な状況だけを形式的に捉えるのではなく、「なんでこうしているんだろう」「今起きていることはこの子にとってどんな意味があるんだろう」と背景にある意図に思いを馳せながら見取ることの大切さを語ってくださいました。
イベント全体を通して、意図的な働きかけと環境設定によって子供自身が学びを選択・調整できる機会を段階的に増やしていくこと、そしてその過程で生じるどんな状態も子供たちにとっての「学びの機会」として捉え直す視点が大切であることが示されました。「子供たちに委ねる学び」の実践に向け、明日からの授業のヒントとなる示唆に富む内容でした。