埼玉県上尾市では、ICTの効果的な活用を図るため、上尾市教育委員会と上尾市立小・中学校の先生方で組織する学校ICT推進プロジェクト部会を設置、小・中学校でのICT活用について実践を行うとともに調査・研究を推進し、実務的な見地から議論を重ねています。

2021年から導入がスタートしたスクールタクトは、上尾市における授業実践の中核を担うツールとなっています。上尾市教育委員会指導課の濁川氏と杉原慎一氏に活用の広がりについてお話を聞きました。

 

現在の取り組みをICTに置き換えられるか?

―上尾市教育委員会が推進しているICT活用について教えてください。

濁川:本市では、令和3年度から「あげお学びのイノベーション推進プラン」に基づき、毎年の目標を掲げ、ICTの効果的な活用を推進しています。初年度は、「触れる」をテーマに、ICTを1日1、2回活用するという目標からスタートしました。そこから、昨年度には「1日に3時間以上授業で活用すること」、今年度は、全校でICT端末の家庭への持ち帰り、活用することができるように取り組んでいます。

こうした取り組みを重ねていくことにより、ICT端末の効果的な活用を通した「あげお学びのイノベーション」の実現を目指しています。


上尾市教育委員会 学校教育部指導課 濁川究氏

 

―現在の市内の小・中学校の活用状況を教えてください。

杉原:小学校では、ICT端末を毎日1時間以上授業で使っている先生が9割程、さらにスクールタクトを使用している先生が7割程を占めています。

一方で、中学校ではスクールタクトの使用率が約6割程度に留まっています。小学校では、基本的に担任の先生が全教科の指導を担当するため「今日はこの教科では使おう。この教科ではあえて使わないでおこう。」といった選択ができるため、毎日1時間以上活用する先生が多くなりますが、教科担任制である中学校の場合は、その選択肢が少ないため活用率が低くなるのではないかと考えています。

そのため、中学校での活用を広げていくための方法を検討していきました


上尾市教育委員会 学校教育部指導課 杉原慎一氏

 

濁川:学校ICT推進プロジェクト部会で中学校におけるICT端末の活用方法を検討する中で、上尾市立西中学校の先生から、スクールタクトを中学校の「生活記録ノート」として活用できるのではないかというアイデアをいただきました。

「生活記録ノート」とは、生徒が翌日の時間割や準備物を書き込んでスケジュールの管理に使用したり、日々の短い日記を通じて担任の先生と交流したりするためのツールです。これまでは紙のノートを使っており、担任の先生はこれを毎朝集めてコメントなどを書き、その日のうちに返すために多くの時間を割いていました。

この検討の際に大切にしたのは、担当教科に関係なく、全ての先生がアナログをデジタルにすることでメリットを感じられるものは何か、という視点でした。

毎日の日課である「生活記録ノート」であれば、全ての先生がデジタルの利点を実感できるはずです。そして、その経験から「自身の授業でも使ってみよう」と考える先生方も増えていくことが期待されます。

「生活記録ノート」:アナログからデジタルに置き換えることで、教員の働き方改革を実現

 

アナログとデジタルのベストミックスを探る

―実際に、西中学校では「生活記録ノート」のデジタル化の実践がスタートしたと聞いています。どのような反応が入ってきていますか。

濁川:西中学校ではスクールタクトを「生活記録ノート」として活用しています。現在は順調に運用していると聞いていますが、スタート時は紙からデジタルに置き換えることに戸惑いをもった先生もいらしたそうです。従来、学校で行われてきたことには、さまざまな教育的意義が込められています。そのため、「便利になるから」という理由で全てをICTに置き換えればいいというわけではないと、私は考えています。

まずはスクールタクトの機能を使って「生活記録ノート」として活用してみて、本来の目的や意義が損なわないかを検証し、アナログとデジタルのべストミックスを探ることが非常に重要だと考えています。

 

―先生の働き方改革において、効果を実感する声は届いていますか。

杉原:担任の先生は、毎朝40人分の紙の「生活記録ノート」を集めて職員室に運び、空き時間を使って目を通してコメントを記入し、生徒が帰るまでに返すことを日課にしています。

しかし、スクールタクトであれば、ノートを運ぶ必要がありませんし、集めたり返したりする際にも時間がかかりません。また、生徒がいる時間に目を通し、生徒が帰った後でゆっくりコメントを書くこともできます。

こうしたことから、柔軟な運用ができるようになったと聞いています。有効性を感じているという声が多く、今後は一層多様な場面で、スクールタクトの活用が広がっていくことを期待しています。

 

児童生徒の本音を引き出す、協働的な学びのツール

―なぜ、上尾市教育委員会では、授業支援システムとしてスクールタクトを導入しているのでしょう。

杉原:スクールタクトは、協働的な学びを実現するツールとして有効だと感じています。スクールタクトを使うことで、児童生徒同士が自分の考えをすぐに共有できます

また、匿名機能は、価値判断などについての議論を深める際に非常に向いている機能だと考えています。思春期になり、学校で本音を言いづらくなっている児童生徒はたくさんいます。例えば、道徳の授業で、周囲の視線を意識するあまり、本心とは異なる意見を発表することもあります。

匿名にすることで、自分の本音を出しやすくなったり、友達の答えをバイアスなく受け止めたりすることができるでしょう。もちろん、全てを匿名で行うことが良いということではなく、生徒の実態や、考えさせるテーマに応じて「選べる」というところが魅力的だと思います。

濁川:どういった場面でICTを活用するかについて、県の調査では、「児童生徒同士がやりとりする場面」での活用に課題があるという結果が出ています。本市でもその傾向については同様の結果が出ており、スクールタクトを通してICTを効果的に活用して協働的な学びを実現していきたいと考えています。

例えば、従来、授業で紙の付箋を使って児童生徒が意見を出し合うといった実践が行われてきました。付箋を用意して配り、授業後には付箋を貼った模造紙を折りたたんで保管しておく必要がありました。

しかし、スクールタクトの付箋機能を使えば、紙の付箋を用意する必要はないですし、即座に全員と共有されます。また、デジタルで保管することで、前の時間の学習内容を確認することが容易になり、前後の授業をスムーズに接続したり、単元の学習の中で考えを深めたりすることもできます。こうした有効な機能を知ってもらえれば、「使いたい」と思う先生はもっと増えていくと考えています。

また、現場の先生がすぐに使えるコンテンツの豊富さもスクールタクトの魅力だと感じています。たくさんのコンテンツの中から自身の授業に合った素材を選ぶことができますし、シンプルな白紙を配信して児童生徒に自由に表現してもらうことも可能です。

選択の幅が広いので、「こんなに簡単ならば使ってみてもいいかも」と思ってもらいやすいと感じています。

 

個別最適な学びへの的確な伴走を実現

―協働的な学びに加え、個別最適な学びへの有効性も感じていますか。

杉原:個別最適な学びについては、スクールタクトは学習のポートフォリオとして活用できる点が特に有効であると感じています。

さらに、「振り返りAI機能」を用いて、児童生徒が自分自身で復習すべきポイントを明らかにしたり、学習したことをより深く理解するために使用したりすることもできるでしょう。こうした機能を適切に活用することにより、スクールタクトのキャンバスを学びの地図にすることができると考えています。

また、形成的評価にも有効だと感じます。単元の学習を進める中で、一人ひとりの学びの様子を見取り、適切な形成的評価を行い、学習の調整を促すことが求められています。スクールタクトがあれば、児童生徒の学習状況を見取ることができ、コメント機能を使ってフィードバックを行うことで、学びに伴走することができます。

単元の学習を始める際に、あらかじめ全ての課題や資料などを配布しておき、児童生徒がフィードバックを受けながら、自分で学習を調整して学びを深めていく、といった取り組みをもっと広げていけると考えています。

 

教員の授業力の向上も支えていく

―スクールタクトが先生方の授業の質の向上に寄与している点はありますか。

濁川:私は2点あると考えています。1つ目は、教員間での教材の共有が容易になったことです。現在、学校現場ではさまざまなキャリアの先生方が働いています。スクールタクトを利用し、コンテンツを共有・蓄積していくことは、授業の質の向上につながるものであると考えています。

2つ目は、多様な児童生徒を包摂する学びが実現しやすくなったことです。個別最適な学びでは、「指導の個別化」と「学習の個性化」という視点が求められます。

例えば、文章を読んだり書いたりすることは難しいけれど、図やイラストならば理解や表現ができる子がいます。これまでは「みんなと同じようにできるようにする」という“揃える”アプローチが重視されてきましたが、スクールタクトは自由度が高く、先生が子供の理解しやすいコンテンツを選んだり、子供が図や動画で表現を自分で選んで提出したりすることができます。

こうした学習の環境が当たり前になれば、教員が「さまざまな学習タイプの子供がいて、それを揃えるのではなく、個々に伸ばしていくことが重要である」ということを実感しやすくなるでしょう。つまり、スクールタクトを活用することは、既存の指導の幅を広げるだけでなく、先生方の教育観を転換する契機にもなると期待しています。

 

「どんな資質能力を養いたいのか」、目標を明確に使っていく

―今後の展望を教えてください。

杉原:本市では、全児童生徒がICT端末を持ち帰り、家庭学習などに活用することを目指しています。

これが実現することで家庭学習改革が進み、各学校が選定し活用している電子ドリルやAI型教材で自分に合った難易度の問題を解いたり、スクールタクトを使って学校の課題に取り組んだりと、個に応じた学習に取り組むようになることをねらっています。

濁川:デジタルの良さは時間と場所を超えられることです。家庭学習でスクールタクトを使えば、自宅にいながら、友達の考えを参考に自分の考えを深められる、そんな協働的な学びを実現することもできます。

ICTの利用を目的とする時期は過ぎ、「何のために使うのか」が一層問われていく段階にあります。児童生徒にどのような資質・能力を育てたいのかというねらいに対し、どうデジタルが寄り添っていけるかが議論の中心になるでしょう。

今年度、本市の学校ICT推進プロジェクト部会も5年目を迎え、ICT端末の活用率などの「量」と、児童生徒の資質・能力の向上といった「質」の両面で、成果を検証していくタイミングを迎えていると感じています。

杉原:ICTを活用して、児童生徒が自ら学び方の選択肢を広げて欲しいですね。すでにデジタルを介して他者と協働したり、AIを活用して自分の学びを深めたりすることは当たり前になっています。先生が「社会の変化」と「これまでの教育が大事にしてきたこと」をよく見つめ、児童生徒を真ん中において意識を転換することがポイントになると思います。

西中学校が、今までの当たり前だった紙の「生活記録ノート」を、スクールタクトでデジタル化したように、やってみることでデジタルのメリット、デメリットを精緻に捉え直すことができます。

そして、先生方と児童生徒が一緒により良い手段を考えていくことで、これからの学校がデザインされていくのだと思います。

上尾市教育委員会

所在地
埼玉県上尾市

インタビュー対象者
上尾市教育委員会 学校教育部指導課 濁川究氏
上尾市教育委員会 学校教育部指導課 杉原慎一氏

Webサイト
上尾市教育委員会