オルタナティブスクールヒロック(HILLOCK)では、スクールタクトを活用した自由進度学習が日常的に行われています。前職の公立小学校教員のころから一貫してICT活用、自由進度学習に取り組んできたヒロック初等部世田谷校 校長 蓑手章吾氏に、自由進度学習に重要な視点とスクールタクトの活用価値について、授業見学を交えてお話を聞きました。

<授業レポート編>

ヒロックってどんな学校?

ヒロックは2022年4月に開校したオルタナティブスクールで、世田谷校には小学校1年生〜4年生までの全27名が通っています。異学年が混ざり合うのびのびとした環境で、シェルパたち(※)に見守られながら子供たちが学んでいます。世田谷校に続いて2023年9月には代々木校も開校したばかりです。子供たちは居住地に応じた公立小学校に籍を置いてヒロックに通っています。

※ヒロックでは先生のことを子供に寄り添う存在として「シェルパ」と呼ぶ

ヒロックの1日は朝の会のようなサークルタイムで9時に始まり、その後1コマ60分の自由進度学習の時間になります。それ以降は、日によって異なる探究的な授業や学習活動、クラス会議などで構成され、おわりのサークルタイムを経て14時半には帰宅時間となります。


サークルタイムでこの日のスケジュールを確認(左上)。活動の振り返りもリラックスした雰囲気で(右上)。
お昼はすぐ横の砧公園で食べるのが定番(左下)。ゲスト講師による体を動かす時間も(右下)

スクールタクトで「めあて」を設定して始まる自由進度学習

毎日行われる自由進度学習は、子供たちが個々に学びたい内容を決め、自分で学びを進める時間です。蓑手氏が公立小学校の教員のころに行っていたのは算数など教科の内側での自由進度学習でしたが、ヒロックでは学ぶ内容も個々にまかされています。

時間が始まったらまず各自のPCでスクールタクトを開いてめあてを書き込みます。スクールタクトの画面はシンプルにふたつに区切られ、上の段に「めあて」、下の段に「振り返り」を書くというスタイル。子供たちにはこの手順が定着していて、すぐにめあてを書き始めました。


自由進度学習のテーマをスクールタクトに書き込んでいるところ

書けた人からそのまま学習時間に入ります。やることは個別にさまざま。デジタル教材に取り組む子もいれば、画面で問題を見て解答をノートに書き込む子、ノートだけで進める子、YouTubeの動画で覚えたり調べたりする子もいます。

シェルパは自分のPCでスクールタクトを開いて全員のめあてを確認し、子供たちの様子を見守りながら、適宜声をかけていきます。「スクールタクトを見れば、今なにをやっているのかいちいち聞かなくても分かるので、集中しているときに邪魔をしないで声をかけられるのがいいですね。」と蓑手氏。また、スクールタクトにめあてを書き込むことで、子供たち自身が「今日はこれをやる!」とまわりに宣言して気持ちが入るという効果もあるそうです。

「めあて」が適正レベルかどうかを重視

蓑手氏が自由進度学習で重視しているのは、めあてのレベルがその子にとって適正かどうかです。声をかけるのは、漢字の書き方や計算方法を教えるためではありません。「めあてが低かったり高かったりしないかを中心に見ていて、必要なときにはアドバイスをします」(蓑手氏)。

シェルパが子供たちに繰り返し伝えているのは「85%達成できるくらい」というレベル設定です。100%達成できるめあてでは学びは生まれず、間違ったことからこそ学びも成長も生まれるからです。その子のめあてや学習方法が、満足感はあっても効果的でなさそうなら、ほかのめあてや方法を提案していきます。

この日も、見本を見ながらカタカナの練習をやろうとしていた子に対して、好きな言葉をカタカナでなにも見ないで書いてみることを提案していました。その方が、書けない文字が自覚できて、書けなかった文字を書けるようにするという成長につながるからです。

「振り返り」をスクールタクトに書き込み学習が終了

自由進度学習の時間の終わりには再びスクールタクトが登場。最初にめあてを書いた下の段に各自で「振り返り」を書きます。

振り返りでは、間違えたところやうまくいかなかったことを書いてもらっています。スクールタクトで共有できるのがいいですね。自分の間違いをしっかり見せて、みんなで見せ合うと、“間違えてもいいんだ”、“みんな間違えるんだ”という認識に変わっていきます。全員が間違えると安心しますよね。間違いと向き合うことが次の成長につながります。」と蓑手氏。


自由進度学習の終わりに振り返りを書き込んでいるところ

蓑手氏は「全部できた!」という子にはむしろ、「失敗だったね」と伝えています。簡単すぎるめあてを選んでしまったということだからです。自分にとって85%のレベルにめあてを設定して、できなかったことを振り返るという小さなサイクルを毎日繰り返すことが、自由進度学習の重要な要素であり、日々の積み重ねになっています。この学びのサイクルを回すためのツールとして、スクールタクトが活躍しているのです。

子供たちにとって、自由進度学習の時間は、知識を与えてもらう時間ではなく、自分でどうやって学ぶかという学び方を体感し、自分の小さな成長を感じる時間になっているようです。

ほかの活動でも「めあて」と「振り返り」が基本

スクールタクトが活用されるのは自由進度学習だけではありません。例えば見学した日は「ひとり旅」をするという特別な活動を行っていました。チャレンジする「ひとり旅」の内容は子供によってまったく違います。ここでも85%のめあてが活躍していました。

子供たちの日常の経験には大きな個人差があります。そもそも年齢も違う上、徒歩で通学する子もいれば遠くから電車通学する子もいます。自分にとって85%がんばれそうなチャレンジを選ぶからこそ「ひとり旅」の活動の意義が生まれます。すぐ隣の公園の中を目的地を決めて動くことに挑戦する子もいれば、電車に乗って隣の駅まで行ってみることに挑戦する子も。

「みんな同じ課題だと、それが簡単すぎる人もいるしものすごくストレスフルな人もいるということになります。一斉授業と同じですよね。それぞれの“いい緊張感”になるように自分でめあてを設定しました」(蓑手氏)。

子供たちはめあてをスクールタクトに書き込んだ上で出発。戻ってきた人から順にまたスクールタクトを開いて振り返りを書き込みます。さらに目的地で撮影した写真を次のページに追加して、活動のまとめができました。


活動の最後にめあてのどのくらいできたかを問いかける

 

<インタビュー編>


インタビューを受ける蓑手氏

―ヒロックの1日の中で、スクールタクトがさまざまなシーンで自然に使われているんですね。「85%のめあて設定」というのが子供たちに定着している印象を受けました。

蓑手:自由進度学習だけでなく、ほかの活動や友達関係でも、ちょっと失敗しそうなところにあえてチャレンジしてみる、そして間違えることで、その失敗と向き合って成長していくんですよね。

スクールタクトを出して真ん中に一本線を引いたら子供たちはなにをやるか分かっていて、めあてを立てて、振り返りをするマインドセットになっています。これが習慣になってくると、例えば外の活動などでスクールタクトを使わなくても、めあてを立てたり振り返るときには、頭の中ではあのスクールタクトのページが浮かんでいて、書き込んでいるような感覚になっているのではないかと思います。

―前職の小金井市立前原小学校教員のころから長くスクールタクトを活用しているそうですね。これまでさまざまな活用方法があったかと思いますが、現在はどのような使い方が多いですか?

今は、自由進度学習でやっているようなめあてと振り返りのシンプルな使い方が多いですね。授業後にじっくり見返すというよりも、リアルタイムで見ています。

子供はすぐに書いてスッと書き終わってしまうのですが、私の手元で書いた内容がリアルタイムで分かるので、「それどういうところで思ったの?」などと、追加の質問をインタビューのようにできるんですよね。そうやってリアルタイムに共有できるところがスクールタクトのとてもいいところです。これがあるのとないのとでは授業のつくり方が変わります。

―ほかにはどのような使い方をしていますか?

例えば先日、理科の探究学習でおしべとめしべの勉強の一環として、花屋さんで花を買ってきて解体してみるという活動をしたんですが、写真で撮るとアートっぽくなるんですよね。そんな活動をしたときにスクールタクトで共有できるのがいいですね。


花を解体した学習の際のスクールタクト画面

ほかにも、マイプロジェクトという探究学習の保護者向け発表会用のプレゼンテーションをスクールタクトでつくっています。次の発表会は3月なので、まだ発表内容が決まっていない子もいます。決まった人からいつでも書き込めるようにしてあるので、ここを見れば全員の進み具合や内容が分かります。

また、前回の発表会の後からプレゼン力アップシートというのを用意して、発表の良かったことや次はこうしたいということをスクールタクトに書きこんでいます。プレゼンなど活動が飛び飛びになるものは、タイムカプセルのように記録を残しておけば、記憶に頼らずにまた次回の発表をするときに確認することができます。


プレゼン力アップシートに次に工夫したいことが書き留められている

―1日を通して、ヒロックの子供たちがとてものびのびとしているのが印象的でした。あらゆることが子供に委ねられていますね。

ヒロックはテストもノルマもないし、やらなければいけないこともありません。間違えても責められたりもしないし、うまくいって褒められたりもしません。

親から褒められるとか大人に賞賛される、ご褒美をもらえるということではなく、純粋に自分の能力が上がったという面白さとか、できることが増えたとか、視界が広がったという、本質的な「成長体験」をしてほしいと思っています。

ヒロックに来るまでは競争して一番にこだわっていた子も、比較されたり競争したりしないでのびのびとしている子供たちに囲まれて毎日経験を重ねると、少しずつ変わっていきます。

 

失敗を避けたり、まわりと比べたり、大人の評価を気にしたりするのではなく、それぞれの「成長体験」を大切に考える蓑手氏の考えが、ヒロックの雰囲気をつくっていることがよく伝わってきました。公立小学校でのスクールタクトの使い方やアイデアは、蓑手氏のnoteや著書でも紹介されていますので、ぜひご活用ください。

 

ヒロック初等部世田谷校 校長 蓑手章吾氏

公立小学校や特別支援学校での14年間の教員経験を経て、理想の学びを追求しオルタナティブスクールの立ち上げに動く。2022年4月にヒロックを開校し校長に就任。著書に『子供が自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)ほか。

ヒロック初等部 https://www.hillock-primary.com/
蓑手氏のnote https://note.com/minote4405