2026/8/29、オンラインイベント「対話を通して納得解に辿り着こう〜スクールタクトの道徳実践例〜」を開催しました。
今回ご登壇いただいたのは、西条市立大町小学校の山下楓馬先生。
山下先生は、スクールタクト認定マスターゴールドとして、日々の授業実践の中でスクールタクトを活用されています。今回は、道徳教育推進教師、道徳主任のほか、道徳の教科書の編集委員もされている山下先生に、道徳の実践についてお話しいただきました。
山下先生が道徳の授業で大切にされている「対話」や「本質観取」の考え方、そしてそれらを支えるスクールタクトの活用について、イベントレポートでお伝えします。
道徳の授業を「正解探し」で終わらせない
山下先生の実践の原点には、初任者時代に指導教官から言われた「道徳の授業は幸せになるためにある」という言葉があるそうです。
一方で、山下先生は、道徳の授業が「正解探し」になってしまうことに違和感をもっていました。子供たちが、自分の本音や経験と結びつけて考えるのではなく、「一般的には何が正しいのか」「先生が求めている答えは何か」を探してしまう。そうなると、道徳の授業は、子供にとってどこか自分とは関係のない時間になってしまいます。
そこで山下先生は、「幸せになるための道徳の授業」とは何かをあらためて考え直し、子供たちが自分の本音と向き合い、他者との価値観の違いを面白がりながら、対話を通して納得解をつくっていく授業を目指すようになったといいます。

山下先生のご発表資料より
対話して納得解に辿り着く「本質観取」の実践
山下先生が対話について研究する中で出会ったのが「哲学対話」というキーワード、そしてその中の「本質観取」という方法論だったそうです。
「本質観取」は、哲学者・教育哲学者で熊本大学大学院教育学研究科准教授の苫野一徳先生が、著書『本質観取の教科書』の中で紹介する、物事や言葉の「本質」を、お互いの体験を持ち寄りながら、対話によって言葉にしていく営みです。
例えば、「自由とは何か」「友情とは何か」といった問いに対して、すぐに1つの正解を出すのではなく、自分の経験や友達の考えを持ち寄りながら、みんなで納得できる言葉を探していきます。
山下先生は、この本質観取に出会い、学級の子供たちと一緒に実践してみたいと感じたそうです。
ただ、実際に授業に取り入れるには、時間の確保や、対話に入りにくい子供への支援、教師のファシリテーションなど、いくつかの不安もあったそうです。
そこで山下先生が活用したのが、スクールタクトでした。

山下先生のご発表資料より
授業前にスクールタクトで課題を出し、子供たちが自分の体験や経験を思い返してから授業に臨めるようにする。
授業では、教科書の教材をきっかけに問いを設定し、対話を重ねていく。クラス全体で輪になって対話することもあれば、まずグループで対話を重ねることもあるそうです。
そして、対話を通して見えてきた納得解をもとに、「6年2組の辞書」をつくっていく。最後には「自由とは◯◯である」という、世界に1つしかない、6年2組のみんなが納得できるオリジナルの辞書ができあがります。
山下先生が試行錯誤の末たどり着いた「本質観取型授業デザイン」の流れとその進め方のコツの紹介がありました。

山下先生のご発表資料より
イベントでは、「自由とは?」「法律ってなんだろう?」「友情とは?」といった問いをもとにした実践が詳しく紹介されました。子供たちがどのように考えを出し合い、納得解に近づいていったのかについては、ぜひ今後公開予定のアーカイブ動画でご覧ください。
納得解を、自分の生活へ返す
山下先生の授業では、対話を通して言葉の意味を考えるだけで終わりません。
授業の最後には、導き出した納得解を踏まえて、スクールタクトを用いながら「これまでの自分」「今の自分」「これからの自分」について振り返っていきます。対話を通して見えてきたことを、自分の生活に引き寄せて考える。そこに、道徳の授業としての大切な意味があります。
スクールタクトを活用することで、授業前の考え、対話を通して深まった考え、授業後の振り返りを残すことができます。子供たちの思考の変化や学びの過程を見取りやすくなる点も、実践の中で大切にされていました。

山下先生のご発表資料より
対話は、教室から学校、地域へ
山下先生は、本質観取を道徳の授業だけでなく、学級活動や職員集団、地域での対話にも広げてきました。
学級に少しざわつきがあるときにも、教師が一方的に解決策を示すのではなく、子供たち同士が対話を通して乗り越えていくことを大切にしていたそうです。
また、前任校では「対話」をキーワードに校内研究を進める中で、先生方と「そもそも、なぜ対話なのか」を考える本質観取を行いました。
さらに、児童、教師、保護者、地域の方々が集まり、「明日も行きたい気持ちになる学校とは?」という問いについて対話する、地域全体での対話集会も実施されたそうです。
道徳の1時間から始まった対話の営みが、教室、学校、地域へと広がっていく。その可能性が感じられるイベントとなりました。