コードタクトでは、社内チームとして教育工学や教育心理学の研究をするメンバーによる教育総研を組織し、当社のビジョンである「個の力をみんなで高め合う学びの場」を創り出すための理論的・実践的研究を行っています。また、それらの研究成果をスクールタクトの機能に反映し、現場の先生と児童生徒の学びを支えるサービスの創出に努めています。
今回、グループワークの中で深い学びが実現できているグループには、どのような特性があるのかを検証し、2024年3月に宮崎大学木花キャンパスで開催された電子情報通信学会ET研究会において「社会科の学習における生徒間の創発的な発話が促されるグループ特性の検証」として発表を行いました。
発表内容の概要を掲載します。
1.背景
文部科学省は、社会科で生徒に身に付けさせる見方・考え方について、「社会的事象等の意味や意義、特色や相互の関連を考えたり、社会に見られる課題を把握して、その解決に向けて構想などをする際の視点や方法」と整理、例示しています。
これを踏まえ、教員は生徒に複数の社会的事象を関係づけて体系化する構造的な認識を形成させることを目標として、授業を展開しています。こうした生徒の構造的な認識の形成を促進するためには、他者との関わりの中で新たな社会認識を形成したり、自身の考えを捉え直して再構成化したりする創発的な対話が必要であると考えます。
しかし、創発的な対話は、グループを構成する生徒の理解状況や学習に対する姿勢、生徒同士の関わり方が原因で、新たな認識の形成が阻害される可能性があります。また、教員が目標とする認識が形成できたとしても、特定の生徒だけが意見を述べ、ほかの生徒がそれに同調するのみで、新たな気づきや視点が得られずに学習が進行することもあります。
生徒の理解状況を可視化する手法としては、関係性がある学習内容同士を線で繋いでいくコンセプトマッピングアプローチがあります。
そこで、本研究ではコンセプトマップ※を用いた学習において、生徒の構造的な社会認識の形成状況に着目して、創発的な対話が促進されるグループの特性について検証しました。
※コンセプトマップとは、概念間の関係を示した図であり、概念と概念を結線していくことで関係性の有無を表現することができます。
参考:【実証研究】歴史の理解を深める新しい授業方法の提案 〜コンセプトマップ×ジグソー学習で歴史の因果関係を整理する〜
2.実践の内容
実践の対象者は、歴史総合を受講している高校1年生28名です。まず初めに、教科書のみを読んで個別にコンセプトマップを作成させ、その後無作為に割り振ったグループで構造図を共有・修正してもらいました。以下の図1は教員が作成したコンセプトマップの正解モデルになります。
図1 教員が描いたコンセプトマップ
3.創発的な対話の判定
グループの対話内容をすべて書き起こし、創発的な対話の発話分析を行いました。本研究では、まず生徒の発話を下記の通りに分類しました。
①提案:事象間の関係性に対して提案する発話
②連想:提案を基に新たな関係性を着想する発話
③再考:提案に対して妥当性を吟味する発話
④修正:提案・再考を踏まえ構造図を修正する発話
次に、上記項目に分類される発話が3回以上連続して行われた後に、構造の捉え直しが行われている場合、「創発的な発話が1回行われた」としてカウントしました。上記の発話の分類項目と創発的な対話のカウント方法は、大学生を対象としたワークショップにおける対話の相互作用を研究した安斎らの研究[1]を参考としています。各グループの発話回数を表1に示します。
表1 各グループの発話分類
創発的な対話が生じていないグループAと、創発的な対話が生じたグループHを比較すると、以下のことが読み取れます。
①グループA・Hともに提案の割合が高い。
②グループAはHに比べて再考の割合が低い。
③グループHと同様に創発的な対話が生じているグループGの発話の分類を見ると、再考と修正の割合が多い。
このことから、構造図を用いた学習において創発的な対話を促進させるためには、グループ内で再考および修正の発話が行われる必要があると考えました。
4.創発的な対話が行われるグループ特性の検証
この研究では、S-P表を参考に徳竹(2019)が開発した「S-R表(表2)」を使って、生徒の社会に対する構造的な理解度を測定しました[2]。S-R表は、生徒と教員が描いたコンセプトマップを比較することで、個々の生徒やクラス全体の理解の状況を評価するツールです。
【S-R表で使用する指標】
結線数:教員と生徒が描いたコンセプトマップの一致数を示すもの(正答数に相当)。
C.S.i(注意係数):「全体の傾向からのズレ」を数値で示すもの。C.S.iが0.5以上の場合、生徒全体の理解傾向からズレていると解釈できます。
表2 S-R表
まず、グループ内の結線数(理解の一致度)が創発的な対話に与える影響を調べました。その結果、次のような傾向が見られました。
創発的な対話が生じなかったグループAでは、生徒間の結線数に差がありました。一方で、創発的な対話が多く見られたグループHでは、生徒間の結線数に差がありませんでした。しかし、グループH同様に創発的な対話が多く見られたグループEの、生徒間の結線数には差がある結果となりました。
これらの結果から、グループ内での共通の理解度の差が、創発的な対話の発生には直接的な関連がない可能性があると結論付けました。
次に、創発的な対話を促進するために、グループ内の生徒の「注意係数」が対話に与える影響について調べました。
注意係数は、全体の傾向からどれだけズレているかを示す数値です。基準値である0.5以上となる生徒の場合、多くの生徒が正答している問題で誤った解答をしている一方で、多くの生徒が誤った問題で正答しているなど、全体の傾向とは異なる理解をしている可能性があります。すなわち、この値が高いほど、ほかの生徒と異なる視点をもっていると考えられます。
調査の結果、グループA(創発的な対話が生じなかったグループ)に所属する生徒は、全員が基準値である0.5を下回る低い注意係数を持っていました。グループH(創発的な対話が多く見られたグループ)やグループGには、注意係数が0.5を上回る生徒が2名含まれていました。
具体的な対話の内容を見てみましょう。
グループAの例:
生徒3(注意係数0):最初何から始めた?
生徒2(注意係数0.33):1から2と3にした[提案]
生徒1(注意係数0.22):私も同じ
このグループでは、各生徒が構造図の情報を共有し合い、同意することを繰り返している様子が見受けられます。全員の注意係数が低かったため、創発的な発話が少なく、対話が単調なものでした。
グループHの例:
生徒28(注意係数0.26):1と2を繋がないかな[提案]
生徒26(注意係数1.02):1と2は…2は朝鮮国内の話だから繋がらないんじゃない?[再考]
生徒25(注意係数0.32):独立の支援ってところじゃない?そうなると1と2を繋げた方が良いと思うけど[提案]
生徒26(注意係数1.02):「一方で」と書いてあるから、違う話なんじゃないの?[再考]
生徒25(注意係数0.32):日本と朝鮮で分けて考えよう[修正]
このグループでは、注意係数が高い生徒が発言した内容に対して、ほかの生徒が「再考」や「修正」などの対話を繰り返し、構造図の修正を行っています。注意係数が高い生徒がいることで、多様な視点からの意見が出やすくなり、創発的な対話が生まれやすいことがわかります。
これらの結果から、創発的な対話が促進されるグループの特性として、グループ内に注意係数が高い生徒がいることが重要であると考えられます。
5.結論
本研究では、構造図を用いた学習において、創発的な対話が促進されるグループ特性の検証を行いました。構造図の評価手法であるS-R表を適用して各グループに所属する生徒の構造図を評価した結果、全体傾向から外れた認識傾向を示す注意係数(C.S.i)が高い生徒の発話が、グループ全体が妥当性を吟味したり、事象間の関係性を捉え直したりするきっかけとして機能し、グループ内の社会認識の形成を促進する可能性が示唆されました。
一方で、注意係数が高い生徒が所属していないにも関わらず創発的な対話が見られたグループが存在することから、構造的な社会認識の形成を促進するグループの形成を行うためには、発言のしやすさといった人間関係や、学習内容に対する積極性といった要因についても考慮する必要があると考えます。
今後の課題としては、注意係数に基づいたグループ形成を行い、生徒間の創発的な対話の回数が向上するかどうかを検証することがあります。
参考文献
[1]安斎勇樹,益川弘如,山内雄平,“創発的コラボレーションを促すワークショップの活動構成-アナロジカル・ジグソーメソッドの効果の検討-”,日本教育工学会論文誌,第37巻,3号,pp.287-297,2013.
[2]徳竹圭太郎,森裕理,室田真男,“歴史学習における因果関係の捉え方の傾向を把握する手法の検討”,日本教育工学会論文誌,2 巻、Suppl.号,pp.133-136,2019.